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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4989号 判決 1989年5月15日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙請求債権一覧表記載の各金員及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告会社は肩書住所地に本社を置き、京都府長岡京市、大阪府三島郡<以下略>に営業所を設け、従業員約三八〇名を擁するタクシー会社である。

(二) 原告及び選定者ら(以下「原告ら」という)は、被告会社に勤務するタクシー運転手であり、被告会社従業員により組織された全国自動車交通労働組合総連合会大阪地方連合会高槻交通労働組合(以下「自交総連労組」という)に加入している。昭和五八年当時同労組の組合員数は約二〇〇名であった。

(三) 被告会社には被告補助参加人組合(以下「全自交労組」という)が併存し、昭和五八年当時組合員数は約七五名であった。

2  昭和五八年春闘の経過

(一) 自交総連労組は、昭和五八年(以下同年の出来事については昭和五八年を省略する)四月以降賃金、一時金等の要求について被告会社と団体交渉を行ったが妥結せず、五月二七日始業時から二四時間ストに突入した。

(二) 同労組は同日午後一〇時被告会社との間で要旨、<1>定昇一〇〇〇円、<2>一時金は前年度実績(五九万五〇〇〇円)プラス一万八〇〇〇円、<3>一時金の欠格控除は前年と同じ扱いをするとの内容で事実上合意し、翌日の批准集会を経て正式に妥結し、同日以降正常に勤務した。右妥結内容の協定書は被告会社の都合により六月一五日に調印された。

(三) 全自交労組は独自に被告会社と団体交渉を重ねたが妥結に至らず、上部団体である全自交大阪地連のAオルグの指導のもとに六月三日の臨時大会においてスト権を確立し、同月八、九両日の四八時間スト(以下「本件スト」という)に突入した。なお同労組はこれまでストライキを行ったことはなかった。

3  本件ストに対する自交総連労組の対応

(一) 自交総連労組は、六月七日全自交労組から本件ストへの協力要請を受けたが、執行委員会で支持協力しないことを決定し、同日同労組にその旨回答した。本件ストを支持しないのは、同労組の要求それ自体賛同できるものではないこと、同労組が自交総連労組の共闘申入を拒否したこと、自交総連労組の春闘は前記のとおり妥結解決していること等の理由によるものであった。

(二) 右執行委員会は本件スト当日には平常どおり就労することを確認し、執行委員は同日中に本件スト当日出勤予定の全組合員に伝達した。

(三) 自交総連労組は同日被告会社に対し、同労組員は平常どおり就労することを伝えた。

4  被告会社本社における本件ストの状況(六月八、九両日)と被告会社の就労業務命令

(一) 全自交労組は六月八、九両日、被告会社本社北門の出勤者出入口にピケットを張り、出勤してきた自交総連労組員の自家用車を停車させ、駐車場所を指示していた。

(二) 全自交労組は両日、構内のピット(出庫車両検査場)の手前に同労組員の自家用車を並べ、その後ろの通路に被告会社の営業車を卍状に並べた。そのため営業車は車両点検を受けて出庫することが不可能な状態にあった。

(三) 営業車が出庫する南門においては、門扉を半開きにし、その前後左右に同労組員が人垣を作り、そのすぐ後ろに宣伝カーとして用いるマイクロバスを横付けにして駐車させ、ピケットを張っていた。

(四) 被告会社は六月八日午前六時、自交総連労組員及び非組合員に対し、直ちに就業出庫するよう指示する旨の業務命令文書を掲示し、その後も構内放送により右指示を繰り返した。翌九日においても右文書は掲示されており、被告会社は構内放送により出庫指示を繰り返した。

5  原告らの労務の履行の提供

(一) 本社において乗務員は、出勤後タイムカードを打刻し営業日報を受け取り、車庫内の営業車の仕業点検を行い、ピットで整備員の点検を受け、管理職から営業日報に出庫時刻の打刻を受け、南門から出庫して営業活動に従事することになっている。自交総連労組員の出勤時刻は午前七時、七時三〇分、八時と三つのグループに分かれていた。

(二) 同労組幹部は、六月八、九両日出勤してきた組合員に対し、スピーカーにより勤務態勢につくよう指示し、原告らは右(一)の出庫のための準備をした。

(三) 被告会社管理職は六月八日朝、整備工場に確保していた四台の営業車を、南門のピケットラインに接近させエンジンをかけたまま停車させ、同労組員は管理職の命令により、右四台に乗車して出庫に備えた。しかし、管理職が説得してもピケットは解除されず、坐り込んでいたピケット要員らが運転席の死角となって危険なため、それ以上前進できなかった。

(四) 被告会社管理職は六月九日、ピットの手前にある自家用車を除去し、前日と同様営業車をピケットラインの手前まで運び、同労組員は管理職の命令により乗車、待機したが、ピケットラインが解除されないため、危険であり前進できなかった。

(五) 同労組員は、右両日乗車可能な営業車に乗車したが、ピケットラインにより南門から出庫できないばかりでなく、六月八日はピット手前の自家用車のバリケードにより発進することが不可能であった。右のように営業車を発進させることができない状態は、六月八日は終日、六月九日は本件ストが解除された午後三時ころまで続いた。

(六) 同労組は六月八日、ピケットが解除されるまで被告会社の構内で待機するよう意思統一を行い、原告らは同日午前八時三〇分ころから午後七時四〇分まで被告会社構内で待機した。

(七) 同労組は右七時四〇分をもって、五人の執行部が在社待機、他の組合員は自宅待機に切り替えた。原告らは長時間にわたり被告会社構内で待機し、大きな苦痛を強いられ、しかも被告会社からは特段の説明や指示もなく、団体交渉の労使双方の責任者は不在で解決の見込はなく、被告会社はピケットを前に出庫することを殆どあきらめており、ストライキの第一日目は膠着状態のまま経過すると見られた。このような状況下において、原告らはピケットが解かれて出庫できる状態になれば直ちに出社して勤務につく旨を会社に通告し自宅待機していたのであるから、労務の履行を提供していたというべきである。

(八) 原告らは六月九日も、出庫不能の状態が継続していたため、午前八時三〇分ころから被告会社構内で本件ストが解除されるまで待機した。

(九) 以上のとおり、原告らは右両日、平常どおり勤務するため、所定の時刻に出勤し仕業点検等出庫前に行うべきことを終了し、その後出庫可能ならいつでもそれに対応して担当車に乗務する態勢で被告会社構内の休憩室、組合事務所、自宅等において待機を続けたことにより、労務の履行の提供を継続した。

(一〇) 被告会社は自交総連労組委員長原告Bと同副委員長選定者Cに対し、六月九日午後四時からの乗務を免除し、就業扱いすることを約した。

6  島本営業所の状況

(一) 前記3(一)、(二)記載の自交総連労組の執行委員会は島本営業所においても平常どおり勤務することを確認し、六月七日中に組合員にその旨連絡した。同営業所に所属している選定者D執行委員が六月八日は平常より早く出勤して事態に対処することになった。

(二) E島本営業所長は六月八日早朝被告会社の指示に基づき、同営業所に配置されている六台の営業車を営業所内から搬出した。

(三) Dは同日午前六時二〇分ころ出勤した。その後間もなく全自交労組員が移動先にある右営業車六台を発見し支配下に置いた。

(四) Dは原告B自交総連労組委員長と相談したうえ、全自交労組員とのトラブルを避け、かつ、仕業点検を行う必要から、Eに右営業車を島本営業所に戻すよう求め、Eは右六台を同営業所内に戻したが、その際全自交労組員らは、営業車の前後を自家用車ではさむ形で運行し、営業所前では営業車の前後に自家用車を接近させて停車し、その後車庫内に搬入して出入口を自家用車で塞ぎ、本件ストの解除に至るまで右営業車の実力支配を継続した。

(五) このような同労組員の営業車に対する実力支配が続く限り出庫は不可能であったが、被告会社は六月八、九両日にわたって就労業務命令を出していたため、原告らは待機を続けた。

7  本件ストに対する被告会社の責任

被告会社には本件ストの実行につき故意、過失あるいは信義則上過失と同視すべきストライキ回避義務の懈怠が存する。

(一) 被告会社と全自交労組との交渉は六月七日に決裂し、翌八日は被告会社から前進した回答もなく、両者間において何らの交渉や解決の糸口をつかむ努力がされないまま推移し、翌九日妥結したが、その内容は、新たに共済会を発足させ、被告会社は共済会発足準備金一一五万円を拠出すること以外、賃金及び一時金については自交総連労組の妥結内容と同一であり、従前の回答より進展はない。右共済会に関する事項は本件スト前の団体交渉において議論されていなかったが、被告会社は右事項について早い時期から真摯な団体交渉をもち、全自交労組と協議を深めていれば本件ストは回避しえたはずである。

(二) 被告会社は非組合員である管理職に営業車をピケットラインの手前まで走行させ、口頭により退去を命じさせたが、それ以上にピケット解除のための実力行使や業務妨害禁止の仮処分という法的手段をとらなかった。

(三) 被告会社は本件ストに対する被告会社の対応について原告らに説明し協力を要請するなどの措置をとらなかった。

8  賃金カット

(一) 別紙請求債権一覧表第一、二表記載の者はいずれも自交総連労組員であるが、第一表記載の者は六月八日就労すべく出勤したが、本件ストにより終日就労できなかった者であり、第二表記載の者は同月九日就労すべく出勤したが右ストにより、ストが解除されピケットが解かれた同日午後四時までの間就労できなかった者である。

(二) 被告会社は六月二七日の六月分賃金支払日に別紙第一表記載の者に対しては六月八日の全一日分の賃金を、第二表記載の者に対しては六月九日の一日分の賃金のうち歩合給部分を支払わない。

(三) 別紙第一表記載の者が支払を受けるべき金額は同表各人の合計欄記載の金額であり、その内訳は同表記載のとおりである。第二表記載の者が支払を受けるべき歩合給は同表各人の請求金額欄記載の金額である。なお、歩合給の算定は昭和五七年一一月から昭和五八年三月までの間における一日一車当たりの平均営業収入が四万二一七七円であり、労使間の協定により、二万一五〇〇円を超える部分の三八・五パーセントが歩合給として支給される例により算出した。

9  本件請求の法的根拠

被告会社は民法四一三条、あるいは同法五三六条二項により賃金全額について支払義務を負う。

(一) 原告らは本件スト中いずれも所定の時刻に出勤し、被告会社の業務命令に従い現実に就労態勢をとり、その労働力を会社の指揮命令下におく状態を継続しており、労働契約上の義務を履行したから、賃金請求権を有する。

(二) 原告らが現実に就労できなかったのは、自交総連労組と組織的連係のない全自交労組の本件スト及びピケットによるものであり、本件スト及びピケットは被告会社の影響範囲に起因しているから、原告らは賃金請求権を失わず、被告会社は受領遅滞による責任を負い、原告らに賃金を支払う義務を有する。

(三) 原告らが現実に就労できなかったのは、原告らと組織的連係のない全自交労組の本件スト及びピケットによるから、民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」による履行不能であり、被告会社は賃金全額について支払義務を免れることはできない。

右「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」とは、労働契約に関する限り、生存権の保障と賃金請求権の保護という労働法原理からして不可抗力以外のすべての事由を意味すると解すべきである。そしてストライキは使用者として通常その発生を予期し得るものであり不可抗力には該当しない。

そうでないとしても前記7記載のとおり被告会社には帰責事由が存する。

よって、原告は被告会社に対し、労働契約に基づき、全自交労組の本件スト及びピケットによりカットされた別紙第一、二表記載の賃金及びこれに対する弁済期の後である昭和五八年七月三〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、五月二七日事実上の合意が成立したこと(被告会社は原告が合意したと主張する内容の提案をしたことは認める)、協定書が六月一五日に調印された理由は否認し、その余は認める。

(三)  同2(三)の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実のうち、全自交労組が六月七日自交総連労組に対し、本件ストへの協力要請をしたことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同3(二)の事実は知らない。

(三)  同3(三)の事実は否認する。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)  同4(二)の事実のうち、全自交労組員は、自家用車をピット付近に止め、車庫内にあった営業車を構内の通路に移動したことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同4(三)の事実のうち、南門から営業車が出庫すること、そこには全自交労組員がいたこと、南門付近に宣伝カーが駐車していたことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同4(四)の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実は認める。

(二)  同5(二)の事実のうち、原告らが所定の業務を行って勤務態勢についたことは否認する。

(三)  同5(三)、(四)の事実のうち、自交総連労組員が前進しなかった理由は否認し、その余は認める。

(四)  同5(五)の事実のうち、八日は終日、九日は午後四時ころまで営業車は一台も出庫しなかったことは認めるが、その余は否認する。

(五)  同5(六)の事実のうち、原告らは午後七時四〇分ころ帰宅したことは認めるが、その余は知らない。

(六)  同5(七)の事実のうち、自宅待機の方法により労務の履行を提供したことは否認する。

(七)  同5(八)の事実は否認する。

(八)  同5(九)は争う。

(九)  同5(一〇)の事実は認める。

6(一)  同6(一)の事実のうち、Dは島本営業所に所属し、自交総連労組の執行委員であることは認めるが、その余は知らない。

(二)  同6(二)の事実は認める。

(三)  同6(三)の事実のうち、Dが八日午前六時二〇分ころ出勤したことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同6(四)の事実のうち、DはB自交総連労組委員長と相談したうえ、Eに営業車を島本営業所に戻すように求め、Eは六台の営業車を同営業所内に戻したこと、右営業車は車庫内に搬入され、全自交労組員は自家用車でその出入口を塞いだことは認めるが、その余は否認する。

(五)  同6(五)の事実は否認する。

7  同7の主張は争う。

8(一)  同8(一)の事実のうち、別紙第一、二表記載の者はいずれも自交総連労組員であること、第一表記載の者は八日、第二表記載の者は九日出勤したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同8(二)の事実は認める。

(三)  同8(三)の事実のうち、労使間の協定により一日の営業収入のうち二万一五〇〇円を越える部分の三八・五パーセントが歩合給として支給されることは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

1  原告らの就労意思の欠如

原告らは、本件ストに協力する意思で、被告会社の業務命令を無視して営業車に乗車せず業務を放棄したのであるから、原告らは就労の意思を有せず、賃金請求権は発生しない。

(一) 自交総連労組は、被告会社との間で春闘要求を妥結したにもかかわらず協定書の調印を延期し、全自交労組の妥結内容が上回れば、これと同額以上の内容を獲得しようと考えていた。

(二) 自交総連労組は、五月二七日行ったストライキの際ピケットを設けていたが、全自交労組が協力的な態度をとり事実上出庫を拒否していた経過から(同労組はこの間の賃金について被告会社に請求していない)、本件ストに協力せざるを得ない状況にあり、協力の一環として鉢巻きを貸与した。

(三) 被告会社は島本営業所において自交総連労組に対し、ピケットの影響を受けないよう営業所外からの出庫を命じたにもかかわらず、同労組は営業所に営業車を戻さなければ出庫しないとして、E所長に営業所まで営業車を戻させ、全自交労組がピケットを張るのを容易にさせ、その後も出庫指示に従わなかった。

(四) 原告B委員長は、六月八日被告本社において被告会社管理職がピケットラインまで運んだ車両に同労組員が乗車すると、「正常な状態に戻るまで待機せよ」と指示し、その結果同労組員は直ちに降車して後方へ下がり、その後被告会社の再三の乗務指示にも従わなかった。

(五) 同労組員は、出庫意思及び就労意思があるのであれば、ピケット近辺において事態の推移を見守り、被告会社の管理職がピケットを解消する等の行為にでれば、直ちに出庫できる態勢をとるべきであるにもかかわらず、かかる態勢を一切とらなかった。

(六) 全自交労組が六月八日午後三時ころから南門前の整備工場前広場において集会を開催した際、南門のピケット要員全員も参加したため、ピケットは消滅し、容易に出庫可能であったにもかかわらず、自交総連労組員は右集会を傍観するだけで、出庫しようとする行動をとらなかった。

(七) 自交総連労組は六月九日においても、救急車が構内に入る事態が発生し、ピケットが消滅しているにもかかわらず、出庫態勢をとらなかった。

(八) 全自交労組が同日被告会社と妥結し、批准集会を開催した際、ピケットは消滅したが、自交総連労組は出庫するどころか、全自交労組にピケットを維持するよう要求し、同労組はピケットを張り直した。

(九) 全自交労組のF委員長は、自交総連労組が九日午後に開催した職場集会に出席し、本件ストへの協力を感謝するとともに被告会社との妥結内容について説明した。

2  原告らの業務放棄

仮に、自交総連労組員には就労の意思があり、ピケットにより出庫不可能と判断していたものであっても、同労組員がピケット前において営業車に乗車して出庫態勢を継続しなければ、被告会社の管理職が説得や実力行使によりピケットを排除しても出庫することは事実上不可能な状況であったにもかかわらず、同労組員は被告会社の業務命令を無視して営業車から下車したものであって、出庫にあたって尽くすべき義務を著しく怠り、業務放棄したものである。

3  本件請求の法的根拠に対する反論

(一) 原告主張のように、全自交労組のストライキ及びピケットにより原告らの就労が不可能となったとしても、このように労働者の一部によるストライキが原因でストライキ不参加者の労働義務の履行が不可能となった場合は個別の労働契約上の危険負担の問題として考察すべきである。

(二) 民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」とは、使用者が不当労働行為その他不当な目的をもってことさらストライキを行わしめた場合などの特別の事情を意味するものであり、被告会社には本件ストにつき何ら責に帰すべき事由は存在しないから、原告らは賃金請求権を失い、本件請求は失当である。

第三証拠(省略)

理由

一1  当事者及び昭和五八年春闘の経過

(一)  請求原因1、2(一)(三)の事実、2(二)の事実のうち、被告会社は五月二七日自交総連労組に対し、要旨<1>定昇一〇〇〇円、<2>一時金は前年度実績(五九万五〇〇〇円)プラス一万八〇〇〇円、<3>一時金の欠格控除は前年と同じ扱いをするとの提案をしたこと、同労組は翌二八日批准集会を経て正式に妥結し、同日以降正常に勤務したこと、右妥結内容の協定書は六月一五日調印されたことは、原・被告間に争いがない。

(二)  右事実並びに証人G、同Hの各証言によれば、自交総連労組と被告会社の団体交渉は、五月二七日における被告会社の提案に対し、自交総連労組の回答がないまま終了し、同日午後一一時ころ同労組から被告会社当直の管理職に、翌二八日は正常どおり勤務するとの連絡があったこと、被告会社は全自交労組との団体交渉において、自交総連労組と妥結した内容と同一の提案をしたが、全自交労組はより高額の回答を求めて本件ストに突入したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件ストに対する自交総連労組及び被告会社の態度

(一)  全自交労組は六月七日自交総連労組に対し本件ストへの協力要請をしたことは原・被告間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第一、第一四、第一五号証、証人C(第一回)、同G、同Eの各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 自交総連労組は六月七日の執行委員会で本件ストへの支持協力はできない旨決定し、同日全自交労組にその旨回答した。自交総連労組が本件ストを支持しないのは、全自交労組の要求内容それ自体賛同できず、同労組が共闘申入を拒否したこと、自らの春闘については妥結解決しているとの理由によるものであった。

(2) 右執行委員会は本件スト当日も平常どおり就労態勢をとることを確認し、執行委員は手分けして、同日夕方までに本件スト当日出勤予定の各組合員に対し、スト当日は定時に出勤し、決められた手順どおりに出庫態勢をとるよう電話で連絡した。

(3) 同労組は同日被告会社に対し、明日は正常どおり勤務するので、ピケット等により乗務できない場合の責任を被告会社に求める権利を留保する旨申し入れた。

(4) 被告会社は同七日管理職会議を開き、本社についてはピケット突破用に四台の営業車を南門付近に並べておくこと、島本営業所についてはあらかじめ営業車を他の場所に移動しそこから出庫することを決定した。

3  本社における六月八日の状況

(一)  証人Gの証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証、右証言及び証人C(第一回)の証言によれば次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

本社敷地はほぼ長方形であり、その西側は道路と接している。出入口は、道路に接した北側(北門という)と南側(南門という)の二か所にあり、北門は出退勤者の出入りと営業車(タクシー)の入庫に用いられ、南門は営業車の出庫に用いられている。敷地内において南門の東隣には広場(以下単に「広場」という)が、その東隣にはピット(出庫検査場)が、その東側には東西に走る通路(以下「東西通路」という)があり、東西通路に直角に交わる位置に三本の南北に走る通路(以下「南北通路」という)がある。営業車の車庫は、広場及び東西通路の北側にあり、営業車は三本の南北通路及び東西通路を経て、ピットを通り、広場を経て南門から出庫する。昭和五八年当時本社には一一二台の営業車が配置されていた。

(二)  次の事実は原・被告間に争いがない。

(1) 全自交労組は六月八日北門にピケットを張り、出勤してきた自交総連労組員の自家用車を停車させ駐車場所を指示していた。

(2) 全自交労組は同日、ピット付近に自家用車を止め、被告会社の車庫内にあった営業車を構内の通路に移動した。営業車が出庫する南門には同労組員がいて、付近に宣伝カーが駐車していた。

(3) 被告会社は同日午前六時、自交総連労組員及び非組合員に対し、直ちに就業出庫するよう指示する旨の業務命令文書を掲示し、その後も構内放送により右指示を繰り返した。

(4) 本社において乗務員は、出勤後タイムカードを打刻し営業日報を受け取り、車庫内の営業車の仕業点検を行い、ピットで整備員の点検を受け、管理職から営業日報に出庫時刻の打刻を受け、南門から出庫して営業活動に従事することになっている。自交総連労組員の出勤時刻は午前七時、七時半、八時と三つのグループに分かれていた。

(5) 被告会社管理職は六月八日朝、整備工場に確保していた四台の営業車を、南門のピケットラインに接近させエンジンをかけたまま停車させた。自交総連労組員は管理職の命令により、右四台に乗車したもののそれ以上前進しなかった。同日営業車は一台も出庫しなかった。原告らは午後七時四〇分ころ帰宅した。

(三)  前掲乙第七号証、成立に争いのない甲第三号証、乙第一六号証の一ないし六〇、被写体については争いがなく証人Gの証言により被告主張の日時の写真であることが認められる検乙第三号証の一、二、第四号証の一ないし四、証人Hの証言により真正に成立したものと認められる丙第一一号証、右証人G、H、証人C(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証人G、同C(第一、二回)の各証言は採用しない。

(1) 全自交労組は六月八日早朝から、東西通路と南北通路の各交差部分に合計約五台の自家用車を駐車し、本社車庫内から合計約二五台の営業車を各南北通路上に移動した。営業車の移動は後に出勤する者の自家用車の駐車場所を確保するためであった。

(2) 同労組は、午前六時ころから北門に組合員一五、六人を配置し、出勤してくる自交総連労組員に本件ストへの協力を呼び掛けるとともに、自家用車出勤の者に駐車場所を指示していた。そのころ南門には数人の全自交労組員が立っていた。

(3) 自交総連労組員の出勤時刻は、午前七時、七時半、八時の三班に分かれており、同労組執行部はマイクで出勤してくる組合員に対し出庫態勢をとるように指示した。出勤してきた同労組員は右指示に従い、右(二)(4)の手順どおり仕業点検が可能な車についてはそれを済ませ構内で待機していた。

(4) 全自交労組は午前八時ころから南門の人数を増強し合計約二〇名の人員を配置して南門でピケットを張り、同門に隣接する道路の反対側にマイクロバスの宣伝カーを駐車させた。

(5) 被告会社管理職は午前八時ころ右(二)(5)のとおり、ピケットラインの直前に止めていた四台の営業車の担当乗務員に乗車を指示し、各乗務員はこれに従った。管理職は全自交労組員に出庫妨害をしないよう説得したがピケットは解除されなかった。そこで、自交総連労組委員長である原告Bはマイクで正常な状態に戻るまで待機せよと指示し、四台の乗務員は営業車から降りて後方へ下がり、同労組は集会を始めた。右集会においてピットが解除されるまで構内で待機し、解除後出庫することが確認された。

(6) 被告会社管理職は当日一二、三名いたが、管理職自らが営業車を運転してピケットを突破し出庫することは試みなかった。その後管理職はピケットの後方から営業車をピットを通して広場まで運び、右四台の横に並べた。

(7) 自交総連労組は、他組合が行った本件ストの解決やピケット排除に協力する義務はなく、それは被告会社がすべき事柄であるとの認識から、積極的にピケットを排除する行動をとらなかったが、ピケットが解除され正常に運行できる状態になれば、出庫するという意思であった。

(8) その後全自交労組のピケットにより出庫できない状態が続き、原告らは車の手入れや碁将棋をしたり睡眠をとったり組合事務所で談笑したりしてピケットの解除を待った。

(9) 自交総連労組は、出庫不能の状態が夕刻に及び、被告会社幹部の姿は構内に見えず、本件ストが早急に解決される見込はないと考え、翌日の午前二時が退社時間ではあるが、八日午後七時四〇分をもって自宅待機に切り替える旨決定し、その旨被告会社専務取締役Gに電話連絡し、原告らは右時刻をもって帰宅した。

4  本社における六月九日の状況

(一)  六月九日も前記状況に変化はなく、被告会社の業務命令文書は同日も掲示されていたこと、被告会社は構内放送により出庫指示を繰り返していたこと、被告会社の管理職は同日ピットの手前にある自家用車を除去したうえ、前日と同様営業車をピケットラインの手前の位置で停車させ、自交総連労組員は管理職の命令により乗車したものの前進しなかったことはいずれも原・被告間に争いがない。

(二)  前掲乙第七号証、丙第一一号証、原告主張の日時場所の写真であることに争いのない甲第六号証の一、二、成立に争いのない甲第一三号証、被写体については争いがなく証人Gの証言により被告主張の日時の写真であることが認められる検乙第五号証の一、二、証人Hの証言により真正に成立したものと認められる丙第三号証、右証人G、同H、証人C(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証人G、同C(第一回)の各証言は採用しない。

(1) 九日においても、東西通路には全自交労組員の自家用車が、南北通路には営業車が止まっており、北門では同労組員が駐車場所を指示し、南門では同労組員約二〇名がピケットを張り、道路の反対側に宣伝カーが駐車していた。原告らは定時に出勤し所定の業務を行い、構内で待機していた。

(2) 被告会社は同日午前七時ころから全自交労組の自家用車を排除し、ピケットラインの直前に営業車一〇数台を二列に縦列させ、各担当乗務員に乗車して直進するよう指示した。全自交労組はピケット補強のため宣伝カーを南門に接近させて駐車させた。右担当乗務員は乗車したものの、これ以上前進するとピケット要員に接触する危険があると判断して前進はせず、乗車したままの状態が続いた。

(3) そのうちに全自交労組から被告会社に団体交渉再開の申入があり、同日午前九時ころから団体交渉が開始され、午後一時一五分ころ賃上げ及び一時金については自交総連労組と同一であるほか、共済会を発足させ被告会社は同会に発足準備金として一一五万円を支出するという内容で妥結した。全自交労組は右妥結直後集会を開き組合員の批准を得たうえで、同日中に協定書に調印した。

(4) 右妥結後、自交総連労組の団体交渉申入により、被告会社は午後一時半ころから約一時間団体交渉を行った。同労組はストライキ中の賃金全額の支払等を求め、被告会社は当初賃金は払わないと回答したが、その後九日の基本給については払うことに譲歩した。原告Bと同労組副委員長選定者Cについては、九日は乗務しなくとも他の者と同様乗務扱いにすることで合意した。同労組は集会を開いて、これから出庫して営業することを決定し、同労組員らは午後四時ころ出庫した。

5  島本営業所の状況

(一)  E島本営業所長は六月八日早朝被告会社の指示に基づき、同営業所に配置されている六台の営業車全部を営業所内から搬出したこと、自交総連労組の執行委員で同営業所に勤務する選定者Dは同日午前六時二〇分ころ出勤し、同人は原告B同労組委員長と相談のうえ、Eに営業車を営業所に戻すよう求め、Eは応じたこと、右六台が車庫内に搬入された後、全自交労組員は自家用車でその出入口を塞いだことはいずれも原・被告間に争いがない。

(二)  証人Eの証言により真正に成立したものと認められる乙第八、九号証、被写体については争いがなく右証言により被告主張の日時の写真であることが認められる検乙第一号証の一、八、右証言により被告主張の日時場所の写真であることが認められる同号証の九、一〇、同証言、証人Dの証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証人E、同Dの各証言は採用しない。

(1) 島本営業所には六台の営業車が配置され、乗務員一四名のうち六名が交代で乗務している。乗務員は全員自交総連労組に加盟している。同営業所の管理職はE一人である。

(2) Eは六月八日早朝、前日の管理職会議の決定に基づき全自交労組による出庫妨害を防ぐために、同営業所の営業車六台の仕業点検を終了し、五台を付近のマンションの敷地内に、一台を付近の住宅街の中に移動した。同営業所では従来からEが営業車の仕業点検を行っていた。

(3) Eは出勤してきたDに対し、営業車の移動先を教えそこから乗務するよう指示したが、同人はまだ出庫時刻ではないと答えた。Dは午前六時四〇分ころ本社にいる原告Bに電話をかけ指示を仰ぎ、Eに営業所からでなければ出庫できないと述べた。その後出勤してきた自交総連労組所属乗務員四人も、移動先から出庫せよとのEの指示には従わなかった。

(4) そこで、Eはやむなく営業車六台を営業所に戻すこととし一台ずつ運転して五台を営業所前の道路上に停車させた。全自交労組員はすでに移動先の営業車を発見しており、Eの後ろから営業所までついてきた。Eは一台運んでくるたびに、乗務員に対し道路上から出庫するよう指示したが、営業車に乗車する者はいなかった。右営業車は二台がE、四台が全自交労組員によって車庫内に搬入された。同労組員は自家用車四台で出入口を塞ぐとともにその付近で待機し、営業車の出庫は不可能な状態となった。Eは同労組員にピケットを解除するよう求めたが応じず、出庫不能の状態が続いた。Dを除く乗務員五名は営業所内で営業車や自家用車の手入れをするなどして待機した。Dは午前一一時ころ本社に行き自交総連労組の執行委員会に出席した。乗務員らは前記3(三)(9)のとおり同労組執行部の指示を受け、同日午後七時四〇分ころ帰宅した。

(5) 六月九日も早朝から、全自交労組員の自家用車が出入口に停車しており、車庫内の営業車六台は出庫できない状態であった。自交総連労組所属の乗務員六名は定時に出勤したが、出庫できないため営業所内で待機し、同労組の指示により午後三時ころから本社で行われた同労組の集会に出席し、前記4(二)(4)のとおり右集会で出庫することが決定されたため、午後四時ころ出庫して営業活動を行った。

二  以上の認定事実をもとに、原告の本訴請求について検討する。

1  原告は、所定の仕業点検等を行い就労できる態勢をとりつつ待機していたことにより、労働契約上の義務を履行した旨主張するが、原告らはタクシー運転手であり、労働契約上の義務は営業車を運転して乗客を輸送することにあり、待機等していただけでは労働契約上の義務を履行したことにはならないし、被告会社が待機等の限度で原告らの労働を受領したという事情も認められないので、原告の右主張は失当である。

2(一)  原告らは、全自交労組の本件ストに伴うピケットにより、被告会社本社及び島本営業所において、営業車を出庫することができなくなり、そのためタクシー運転手の本来業務である営業車を運転して乗客を輸送するという労働契約上の義務を履行することがきなくなったことは、前認定のとおりである。

(二)(1)  被告会社は、原告ら自交総連労組員は六月八、九両日全自交労組の本件ストに協力する目的で就労の意思なく業務を放棄したと主張する。

(2) たしかに、証人Gの証言によると、自交総連労組が先にピケットを行った際、全自交労組は出庫しておらず、また、前記認定事実によると、自交総連労組と被告会社との間で既に交渉が妥結したものの未だ協定書作成に至っていない等の事情はある。

(3) しかし、全自交労組の妥結内容が先行する自交総連労組の妥結内容を下回ることはないであろうから、全自交労組が自交総連労組のストに協力することはあり得ても、本件ストの時点においては、全自交労組の妥結内容が先行した自交総連労組の妥結内容を大幅に上回る情勢にはなかったのであるから、自交総連労組が全自交労組のストに協力するとは考え難い。

(4) そして、前記認定事実によると、原告らは、本社においては、被告会社の指示した営業車に乗車して待機することはせず、島本営業所においては、路上からの出庫を拒否しているが、本社においてはピケットが容易に解除される見込はなく、島本営業所においても全自交労組員の抵抗なくたやすく路上から出庫できる状況にはなかったのである。

(5) 右事実、証人C(第一、二回)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告らはピケットが解除されれば就労するとの意思を有していたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  このような場合、原告らが賃金請求権を有するか否かについては、個別の労働契約上の危険負担の問題として考察すべきである。したがって、本件ストが民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」に該当する場合には、原告らは被告会社に対し賃金請求権を有すると解される。

(四)  ストライキは労働者に保障された争議権の行使であって、使用者がこれに介入して制御することができず、また、団体交渉において組合側にいかなる回答を与え、どの程度譲歩するかは使用者の自由であるから、団体交渉の決裂の結果ストライキに突入しても、そのことは一般に使用者に帰責さるべきものということはできないが、使用者が不当労働行為の意思その他不当な目的をもってことさらストライキを行わしめたなどの特別の事情が認められる場合には、右ストライキは民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」に該当すると解するのが相当である。

(5) 原告は、原告らと組織的連係のない労働組合によるストライキ及びピケットは使用者の責めに帰すべき事由に該当する旨主張するが、右見解が採用できないことは右のとおりである。

(六)  原告は被告会社の帰責事由として、<1>共済会に関する事項について本件スト前の団体交渉において協議を尽くさなかったこと、<2>実力行使または仮処分申請という法的手段をとっていないこと、<3>自交総連労組に対し協力を求めなかったことを主張する。前述ように団体交渉における回答内容及び譲歩の程度は使用者の自由であるから、<1>の点は帰責事由には該当しない。自力救済行為は原則的に禁じられており、被告会社には実力をもってピケットを排除する義務はないし、仮処分申請をすればピケットがより早期に解除されたとは認め難いから、<2>の点も帰責事由には該当しない。自交総連労組はピケットの排除は被告会社の責任であり、右排除には協力しないとの立場をとっていたことは前認定のとおりであり、同労組に協力を求めていれば本件ストやピケットがより早期に解決されたとは認め難いから、<3>の点も帰責事由には該当しない。その他、被告会社の帰責事由を構成する事実は認められない。

(七)  以上のとおり、被告会社の帰責事由は認められないから、原告らは賃金請求権を失うと解するのが相当である。

三  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蒲原範明 土屋哲夫 大竹昭彦)

別紙 選定者目録及び請求債権一覧表<省略>

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